視覚障がいとは?

視覚障がい、のこと


視覚障がい者は
全国に約31万人です。

全盲の人は3万人。
残る28万人は弱視(ロー・ビジョン)です。

意外に思うひとも多いかもしれませんが、
視覚障がい者のほとんどはロー・ビジョンなのです。

ロー・ビジョン(弱視)とは?

メガネやコンタクトレンズで矯正しても、視力や視野の回復が見込まれない状態です。

視野狭窄や夜盲など、いろいろな症状があります。

症状により、日常生活に異なる不自由が生じます。

さらに受障時期、年齢、リハビリテーションの機会の有無、生活環境などの個別の事情により、複雑に違いがでてきます。その結果として、必要とする支援は多岐にわたり、障がい特性は、一般の人たちに理解されにくいものとなっています。

「視野狭窄」って?

白杖を片手にスーパーで物色していていたり、白杖を持っているのに携帯メールをしていたり。
「あのひと、見えるの?見えないの???」と不思議に思う光景に出会ったことはありませんか?
それぞれのロー・ビジョンの人が自分の見え方でできる範囲のことをしているのです。

写真:「視野狭窄」の解説図たとえば、五円玉の穴から世界をのぞいているような、中心だけ見えている人。そういう人は、文字の読み書きはできても、足下にある荷物につまずいたり、道にとめてある自転車に激突したりしてしまいます。

また、顔のまんなかにこぶしをおいた状態の中心暗転という見え方の人は、足下は見えるので移動はできても、目の前の人の顔が確認できないなどなど・・・です。

視力の低さより視野の狭さについての理解がひょっとしたら理解しづらいかもしれません。

少しでも、人びとに理解を広げたい!そんな思いで少しずつ活動しています。

障がいか、「障害」か、障害か?

(2012年5月7日・田原範子)

 いつの頃からか、障害の「害」という字がもたらすイメージや意味が問題にされるようになってきました。私自身、小さな頃から自分を「障害者」と表現することができず、必要な場合には、「身障者です」と名乗っていました。

1970年代後半、青い芝の人たちに出会いました。車椅子介護(当時は介助ではなく介護と呼びました)に入ったり、識字教室をしたり、行政交渉をしたり、学校そっちのけの忙しく楽しい毎日でした。

その時つくづく感じたのは、障害は社会によって作られているんだということ。しゃべれなかったり、行きたいところに行けなかったり、字を学ぶ機会がなかったり、動けなくて施設に入ったり。一見、そうした状況はその人の身体的な特性から生じているかのようだけれど、それは錯覚に過ぎないこと、生きて行く上での障害を生じさせているのは、その人自身ではなくて、その人をとりまく環境や社会だということ。

それに気づいて、どこかふっきれたのかもしれません、それから私は、自分のことを幾分うれしい気持ちで「障害者です」と紹介できるようになりました。社会でマージナルな存在であることに喜び感じた?というのは、ちょっと言い過ぎですが。

でも、障害者も、そうでない(?)人も、いろんな思いがあり、考え方があることと思います。だから、ここでは、書いた人が書いたままに障がい、「障害」、障害という字を使っていきたいと思っています。