『ありがとうカード』誕生物語~Akko編

(エッセイ by Akko)

2012年の3月のこと。
視覚障がい者である私は、視覚障がい者をガイドする資格をとるための視覚障がい者ガイドヘルパー養成研修を受講しました。(3日間、なかみの濃ーーい研修を受講すると、この資格が取得できます。研修についての詳細はこちらをクリック★

「ガイドヘルパー」とは なんぞや?
「ガイヘル(=ガイドヘルパー)」について知ることで、自分の見えない・見えにくいことについて、自分自身でちゃんとわかり、さらにそれを人にうまく伝える方法がわかるかも?
ガイドを「される側」から「する側」に立場を変えてみれば、何か解るかな?
そんな思いが、この講座を受講しようと思った動機でした。

ひとつの大きな変化は、受講後、それ以前は抵抗があって持っていなかった「白杖」を使えるようになったことです。私は「歩行訓練」など受けたことがなく、白杖の使い方は、アイベルでNoriWさんに、そしてガイヘル研修受講時にM永さんから教わっただけ、良くいえば「実践型」(?)です。講座での技術的な指導もさることながら、自分と同じような状況の多くの人たちが、白杖をつかって歩き回っているという事実が、私の背中をつよく押したんだと思います。

白杖を持って歩き始めてほどなく、新大阪のアイベルにお邪魔しました。その帰り道に、ひとりの白髪のおじいさんと出会いました。 まだ、不安だらけ、よちよち歩きの私に、初めて「だいじょうぶですか?お手伝いしましょうか?」と言ってくださったのです。お礼を何度いっても足りないくらい、ハグをして お茶にお誘いしたいくらい嬉しくて・・・。しかし、そんな「変態ナンパ行為」(!!)はできるわけがなく、忙しい雑踏のなか、出会いは一瞬で過ぎ去ってしまいました。

そのとき、ガイヘル講座の受講時にM永さんからもらった「ありがとうカード」を思い出し、「あれがあればなぁ!

あんなんほしいなぁ!」と思っていました。

そんな頃、NoriWさんに 視覚障がい者によるカフェをしようと思っているので、やってみない?とお誘いいただきました。

「将来、失明する」と診断されたあとも、これでもか!これでもか!というくらい、次から次へと、身体上の事や、いろんな問題が勃発し、10年近く、荒れたり、悟ったり?しながらの「ほぼ(?)・やや(?)・ひきこもり」生活でした。
そんな私が外に飛び出すことには、色々な不安もありましたが、「ブライトミッション」は、もしかしたら私が再生するラストチャンスかも!?と思い、5月の発起人集会に参加しました。

その帰り道、初対面のMikaちゃんが、乗り換えの竹田駅まで私をガイドしてくれました。その車内で、Mikaちゃんに 「ありがとうカードを作りたい!けど、私はM永さんのように 本を出してるわけではないし、そんなん作ってどうすんねん!」と身内に言われたことと、それでもあきらめきれない気持ちを暑苦しく語りました。
「もし、Mikaちゃんが、白杖を持った人に勇気を出して声をかけ、ありがとうカードをもらったら、どう思う?」と聞くと、彼女は「声をかけてよかった!嬉しいと思うと思う。絶対いいですよ!」と言ってくれたので、より強く、ほしい! 作りたい!という気持ちになりました。

見えるひとの立場からしたら、道で白杖を持った人を見かけた時、「声をかけようか、どうしようか・・・」と迷った末に「

よし!声かけよう!」と勇気を出して、声をかけて、「だいじょうぶです」と断られたら、また次に白杖を持った人に声をかけるのをためらってしまうかもしれない。でも、もし「ありがとうカード」をもらったら、「また声かけよう」と思ってもらえるよね!
・・・と、ここでは 書ききれない程のマシンガントークを炸裂させていました。

そして、NoriWさんに相談し、「いいじゃない!作りましょう!」と、言っていただき、M永さんにも 「パクリ」の了承を得て、T倉さん、H見さん、ガイヘルさんたちと文言を考え、ついに完成に至ったのです。

これが、ありがとうカードの誕生物語です。

ありがとうカードについては、こちらもご覧ください。—–>>★★★

その後、このカードは、私にすてきな出会いをたくさん運んでくれました。
今では、私の必須アイテムとなっています。

さわさわでは、この「ありがとうカード」を50枚50円で販売していますが、今後の私の希望は、みなさんで、いろんな紙質、いろんな文言の「ありがとうカード」のバリエーションをたくさん作ってくだされ☆ということです。

そして、世間に配りまくって、視覚障がい理解の輪をひろげてください☆

さわさわ ありがとうカード

さわさわ ありがとうカード

みなさんに、嬉しい出会い、渡せるチャンスが たくさん ありますように☆

ラフ&ピース
いつも心に お笑いを!
あっこ@妄想族