Category: リレー・エッセイ

毎日新聞、全盲記者・佐木さんの記事

(Kano-T)

先日11月28日(金)の毎日新聞の朝刊のオピニオンの欄に、点字毎日部の全盲の記者佐木さんによる「視覚障害者の一人歩き」という記事が載りました。少し前に、白状や盲導犬を使って一人歩きをする視覚障害者がけがをするなどの事件が続きましたが、トラブルや偏見をなくす一番の方法は、社会の理解を深めることだという、あたりまえだけど、とても大事なメッセージを伝えています。視覚障害者の立場から、Yuyuさんも取材を受けています。
福祉制度が進み、教育現場での福祉の取り組みも増えてきているようですが、いまだに白状や盲導犬が視覚障害者にとってどれだけ大切か、十分に伝わっておらず、そんな状況を変えられるのは、当事者や関係者らによる生の声と積極的な実践だと記者の佐木さん。佐木さん自身、娘さん2人の朝の幼稚園の送りを担当。盲導犬や白状を使って子供と通園するスーツ姿の視覚障害者に、最初は周りは戸惑っていたようですが、4年間あいさつを交わすうちに、自然な風景に変わり、卒園後も地域の人たちから声を掛けられ、良好な関係を築く機会になったそうです。佐木さんの言葉をそのまま引用します。
障害の有無を超え、互いが歩み寄ることで、新たな体験の場が生まれ理解が深まり、大きな動きになる。「街を行く人たちと共に社会を変えたい」という思いを胸に、全盲記者ならではの記事を発信を続けたい。
さわさわも、障害の有無を超え、互いが歩み寄ることで、新たな体験の場となり、理解が深まるきっかけになりますように。

僕には、ひとりでは出来ないことがまだまだ沢山あった。でも・・・

(Kana-J)

本日も朝から厨房に入らせていただきました。
が、、、そう思い通りにはいかないものでした。
厨房の狭い空間の中で、場所をうまく活用できず、段取り良くも、動けるものではありませんでした。
お弁当の盛り付けにいたっては、かなり頭を悩ませてしまいました。
どの位置にこのおかずを配置しようかとか、お弁当の限られた空間をどう活かせば、見映えが良く見えるのかなって考えていました。
K川シェフとも相談しつつ、最後は、Yoshikyoさんに助けてもらいながら、お弁当が完成しました。

気持ちだけでは、何ともできるものではありませんでした。

そんな結果でも、厨房に入らせてもらって、改めてわかったことがあります。

僕には、一人では出来ないことがまだまだ沢山あった。それを知らなかったのは、今まではそのことに挑戦することがなかったからでした。
でも、挑戦してみた今、一人ではできないことが、誰が居てくれれば、みんなが、スタッフが居てくれればできるのだと、嬉しく、有り難みを感じました。
そうして、人の可能性は、こうやって広がっていくのかなって少し思いました。
一人の可能性は微々たるものでも、みんなが集まれば、その可能性は何十倍にもなるし、何百倍にもできる。

こんなふうにしてできたのも、「さわさわ」なんじゃないのかな。
みんなが集まったからこそ、ここまで来れたんじゃないのかな。
ひとりの意思から始まったことでも、気がつけば沢山の人との輪が生まれ、繋がり、意思が重なり、パワーを生む。
この先、何十年後も、一人ではなく、みんなで、さわさわを築き上げていきたいです。

『ありがとうカード』誕生物語~Akko編

(エッセイ by Akko)

2012年の3月のこと。
視覚障がい者である私は、視覚障がい者をガイドする資格をとるための視覚障がい者ガイドヘルパー養成研修を受講しました。(3日間、なかみの濃ーーい研修を受講すると、この資格が取得できます。研修についての詳細はこちらをクリック★

「ガイドヘルパー」とは なんぞや?
「ガイヘル(=ガイドヘルパー)」について知ることで、自分の見えない・見えにくいことについて、自分自身でちゃんとわかり、さらにそれを人にうまく伝える方法がわかるかも?
ガイドを「される側」から「する側」に立場を変えてみれば、何か解るかな?
そんな思いが、この講座を受講しようと思った動機でした。

ひとつの大きな変化は、受講後、それ以前は抵抗があって持っていなかった「白杖」を使えるようになったことです。私は「歩行訓練」など受けたことがなく、白杖の使い方は、アイベルでNoriWさんに、そしてガイヘル研修受講時にM永さんから教わっただけ、良くいえば「実践型」(?)です。講座での技術的な指導もさることながら、自分と同じような状況の多くの人たちが、白杖をつかって歩き回っているという事実が、私の背中をつよく押したんだと思います。

白杖を持って歩き始めてほどなく、新大阪のアイベルにお邪魔しました。その帰り道に、ひとりの白髪のおじいさんと出会いました。 まだ、不安だらけ、よちよち歩きの私に、初めて「だいじょうぶですか?お手伝いしましょうか?」と言ってくださったのです。お礼を何度いっても足りないくらい、ハグをして お茶にお誘いしたいくらい嬉しくて・・・。しかし、そんな「変態ナンパ行為」(!!)はできるわけがなく、忙しい雑踏のなか、出会いは一瞬で過ぎ去ってしまいました。

そのとき、ガイヘル講座の受講時にM永さんからもらった「ありがとうカード」を思い出し、「あれがあればなぁ!

あんなんほしいなぁ!」と思っていました。

そんな頃、NoriWさんに 視覚障がい者によるカフェをしようと思っているので、やってみない?とお誘いいただきました。

「将来、失明する」と診断されたあとも、これでもか!これでもか!というくらい、次から次へと、身体上の事や、いろんな問題が勃発し、10年近く、荒れたり、悟ったり?しながらの「ほぼ(?)・やや(?)・ひきこもり」生活でした。
そんな私が外に飛び出すことには、色々な不安もありましたが、「ブライトミッション」は、もしかしたら私が再生するラストチャンスかも!?と思い、5月の発起人集会に参加しました。

その帰り道、初対面のMikaちゃんが、乗り換えの竹田駅まで私をガイドしてくれました。その車内で、Mikaちゃんに 「ありがとうカードを作りたい!けど、私はM永さんのように 本を出してるわけではないし、そんなん作ってどうすんねん!」と身内に言われたことと、それでもあきらめきれない気持ちを暑苦しく語りました。
「もし、Mikaちゃんが、白杖を持った人に勇気を出して声をかけ、ありがとうカードをもらったら、どう思う?」と聞くと、彼女は「声をかけてよかった!嬉しいと思うと思う。絶対いいですよ!」と言ってくれたので、より強く、ほしい! 作りたい!という気持ちになりました。

見えるひとの立場からしたら、道で白杖を持った人を見かけた時、「声をかけようか、どうしようか・・・」と迷った末に「

よし!声かけよう!」と勇気を出して、声をかけて、「だいじょうぶです」と断られたら、また次に白杖を持った人に声をかけるのをためらってしまうかもしれない。でも、もし「ありがとうカード」をもらったら、「また声かけよう」と思ってもらえるよね!
・・・と、ここでは 書ききれない程のマシンガントークを炸裂させていました。

そして、NoriWさんに相談し、「いいじゃない!作りましょう!」と、言っていただき、M永さんにも 「パクリ」の了承を得て、T倉さん、H見さん、ガイヘルさんたちと文言を考え、ついに完成に至ったのです。

これが、ありがとうカードの誕生物語です。

ありがとうカードについては、こちらもご覧ください。—–>>★★★

その後、このカードは、私にすてきな出会いをたくさん運んでくれました。
今では、私の必須アイテムとなっています。

さわさわでは、この「ありがとうカード」を50枚50円で販売していますが、今後の私の希望は、みなさんで、いろんな紙質、いろんな文言の「ありがとうカード」のバリエーションをたくさん作ってくだされ☆ということです。

そして、世間に配りまくって、視覚障がい理解の輪をひろげてください☆

さわさわ ありがとうカード

さわさわ ありがとうカード

みなさんに、嬉しい出会い、渡せるチャンスが たくさん ありますように☆

ラフ&ピース
いつも心に お笑いを!
あっこ@妄想族

「妖精」の手から手の数珠つなぎ

(Akko)

視覚障がい者ガイドヘルパー応用研修で
午後から、13名様のご来店。
カフェは、きっちり満席御礼でした。
皆様、ガイヘルさんなので、少ないスタッフでも、安心して
接客、お運びが できました。
ありがとうございました。

以前 TV取材で、「ガイドヘルパー養成研修」について 話されているWNoriさんを見た
Kちゃん!「ヨウセイ」の言葉に ひっかかり、「WNoriさんって 妖精なん?」とたずねてましたが・・・

本日はこの「妖精」エピソードを思い出すような帰り道でした

本日、ボランティアで来てくださったIMさん!
IMさんと同じ近鉄電車だったので 一緒に帰ろうと…。
IAくんも 久々なので 僕も一緒にと!
丸田町駅で IAくんからIMさんへバトンタッチ。

近鉄に乗り換え、つり革を持ちかけたら
男性が席を譲ってくれ、ありがとうカードをお渡ししたら、
なぜか 握手を求められ、握手しました。

IMさんとは、別れ
西大寺駅で乗り換えようと、エスカレーターへ
駅員さんとほぼ同時に 白髪の女性が
声をかけてくださり、女性がエスカレへ、連れて行ってくれ、
駅員さんが女性に お礼!
私は 右の駅員さん、左の女性に お礼をいい、ありがとうカードを。

エスカレを降りた所で、その様子を見ていた若い女性、次は 私が!と、
女性から若い女性へバトンタッチ。

若い女性と同じ電車に乗り、ありがとうカードを渡し、おしゃべり!
最近まで 四条河原町に勤めていた、
大阪のライトハウスの近所に住んでいると話されたので、
これも何かの縁ですねと、ガイヘル養成研修のチラシをお渡しし、
興味があったら、是非!と…。
なんと 現在の勤務先が、新大阪だとか!

生駒に着いたので お別れして降りようとしたら、
生駒で降りる人をすかさず見つけ、
「目が不自由な方なので、連れて行ってあげて」と、
もひとつ若い女性に バトンタッチ!

そしてその女性が今度は、連れて行ってくれ、
改札前で ありがとうカードを渡し、お別れしました。

人から人へ、手から手の数珠つなぎ!
次から次へと見えない手と手をつないで
いろんな人と つながっているなぁ!と。

たくさんの「妖精」が、そばに いてくれた帰り道でした。

 

幻メニュー!?「ゲンキ・コーヒー」

(エッセイ by  Genki★)

2012年5月、私は京都の町家にいた。所属するNPOがその町家でカフェを開くということで準備に来ていたのだ。(所属するNPOとは、ブライト・ミッション。視覚障がい者と晴眼者の相互理解などを広めるために作られた団体である。私も視覚障がいを持っており、中心視野以外が欠けた状態である)。

店の中にはすでに人がいて机を並べたり厨房の掃除をしたりしていた。私も掃除を手伝ったりレジ打ちの練習をしたりした。カフェの名前は「町家カフェ・さわさわ」、オープンは7月7日と決まっていたので焦りながらやっていたのをおぼえている。

オープンしてから1カ月ほどは身内客でもっていたが、ドリンクメニューしかなく、来てくれたお客様が帰っていくこともあった。そんな中、以前喫茶店をやっていたKさんがカレーを作ってくれることになった。牛すじを使った濃厚なカレーで今ではさわさわの目玉メニューのひとつになっている。最近ではおぜんざいやゴマを練りこんだアイスもおいている。どれもおいしいので一度食べてみてほしい。

写真:げんきコーヒー看板さて、ここでタイトルにある「ゲンキ・コーヒー」の説明をしたいと思う。私は、さわさわには週に3日~4日出勤していた。「ゲンキ・コーヒー」(以下、「ゲンキ」)が何故幻メニューかというと、私がさわさわにいるときにしか出せないものだからである。豆も違う。普段使っているものはモカブレンドだが「ゲンキ」で使うのはオリジナルブレンドなのである。それを手動ミルで挽き、コーヒー好きの方に教えてもらった方法でたてる。看板を出した当初は、頼んでくださるお客様はいなく、身内で飲む程度のものだった。しかし来てくださるお客様が増え、次第に「ゲンキ」が出るようになってくると、ある感情が芽を出してきた。中でも一番大きかったのは失敗したときの恐怖だった。

お金をもらっているわけなので、まずいものを出すことはできない。そんなプレッシャーを感じながら最初のころは淹れていた。しかし。お客様の「あ、おいしい」という何気ない一言を聞き、恐怖が消えていった。その時から、お客様においしいと言ってもらえるように気持ちを込めて淹れようと思えるようになった。

今、私はさわさわには行っていない(幻メニューとはそういう意味でもあるのだ)。大阪にある日本ライトハウスで訓練を行っている。はじめは自分で決めたこととはいえ、一緒に働いてきた仲間に申し訳ないと思い、なかなか話せなかった。しかし、話してみると皆、やさしく温かく背中を押してくれる言葉をかけてくれ、激励会まで開いてくれた。1年間しか共に働いていないけれど、私が今こうして歩いて行けているのはさわさわの仲間のおかげだと思っている。心から感謝の言葉を送りたい。

次に書くのは「自然に優しく自分に厳しい」たけのりさんです。どんなことを書くのかお楽しみに!
写真:コーヒーを淹れる Genki★